『だるま食堂』

駅にひとつしかない改札口を出て左に歩くと、
そこはもう商店街のメインストリート。
メインと言ってもサブがあるわけでなく、
ストリートというカタカナも似合わない一本道。

角にある『ふたば洋品店』から数えて六軒目にあるのが
この『だるま食堂』。
店主は二代目となる太田昭三、五十六歳。
妻のキミエと二人で営んでいる。
営業時間は朝十一時から夜九時まで、日曜日はおやすみ。
メニューは壁に貼られた四種類。

「焼だるま定食」(七百五十円)
「煮だるま定食」(七百五十円)
「だるま丼」(五百五十円)
「単品だるま」(二百五十円)

「焼だるま」は、“だるま”を三枚におろして塩をふり、
炭火でじっくり焼いたもの。
「煮だるま」は、“だるま”を一個まるごと酒、しょうゆ、
みりんで煮て、ひと晩おいたもの。
定食は、ごはん、お吸い物、おしんこ付き。
「だるま丼」は、「煮だるま」の卵とじがご飯にのっていて、
紅ショウガが添えられている。
単品の「だるま」は、焼、煮を選ぶことができ、
おかずが足りない人が追加したり、おみやげ用に持ち帰りもできる。

だるまには“海だるま”と“山だるま”があるが、
この店では、やや小ぶり(ドッヂボール大)の“山だるま”を使用。
大型冷蔵庫の中には、真っ赤なツヤのある“だるま”が
常時五十体ほど並んでいて、目をギョロつかせながら
自分たちの出番を待ちかまえている。

だるま一筋四十年の主人のこだわりは、
国産かつ天然の“だるま”を使う、ということ。

「昔はそのへんの草むらに転がっててさ、落ち葉を集めて焼いて、
おやつがわりに食ったもんだよな」

と、年配の方から聞かされることも多い“だるま”だが、
最近では四国の山間部でしか採れなくなってしまった。
昭和四十年頃には都内に三十軒ほどあった「だるま料理専門店」も、
いまはここだけ。
高級スーパーマーケットなどでたまに見かけるが、
ほとんどが外国で養殖したもの。
プロに言わせると、
「目玉が違う」
本来は墨を落としたように黒々としているものだが、
外国産のものは潤いがない。
多分マジックで書いているのだろう。
彫りもちょっと深い。

選挙のときに政治家が使う“だるま”は、主に“海だるま”だが、
それも同じく外国産のものが増えてきているという。
「外人がつくっただるまに縁起がかつげるもんか」
と『だるま食堂』主人は嘆いている。

しかし素人から見たら、どれも同じ“だるま”。
新鮮さの見分け方で、いちばん分かりやすいのは、坂道を転がす方法。
坂道のてっぺんから転がして、
バウンドしながら勢いよく転がっていくのが新鮮な“だるま”なのだが、
傷だらけになってしまうので食べる気が失せてしまう。
トランポリンにたたきつけて、体育館の天井に突き刺さるくらいを
目安にする方法もあるが、これも新鮮だと分かった時点でもう食べられない。
やはり素人が一朝一夕で見分けられるものではないようだ。

『だるま食堂』では、“だるま”の産地まで足を運び、
業者から直接買い付けている。
収穫は主に深夜、“だるま”の寝込みを襲う。
ビンタして一瞬気を失わせ、おがくずに詰め込み、そのまま空輸。
おがくずは、“だるま”の巣にいちばん近い環境のため、
金魚くらいの知能しか持っていない“だるま”は、
巣に帰ったと錯覚して再び眠る。
箱からは時折、「ううー、ううー」と地の唸るような音が聞こえるが、
これは“だるま”の寝息なので、新鮮である証拠。

“だるま”が到着したら、
ねぼけまなこの“だるま”をたたき起こし、
再びビンタして気を失わせる。

皮が硬い場合は、湯むきを先にすます。
湯むきは、おしりにあるくぼみに割り箸を差し、
沸騰したお湯にくぐらせるだけ。
そうすると、簡単にペロンと表面の薄皮をむくことができる。

それから粗塩をすりこむ。
このとき、“だるま”はかなり気持ち良くなるらしく、
「おう、おおう」と、吐息のような低い音を出すが、
気持ちが悪い場合は、再びビンタすれば大丈夫。
これで下準備完了。
切るときは、だるま専用包丁を使う。
硬くて歯が立たないときは、ラップにくるんで電子レンジに五分程かけると、
すーっと包丁が通って、調理しやすくなる。

このような調理法は、親から子へ、師匠から弟子へ、代々受け継がれてきた。
しかし、ご夫婦の三人のお子さんたちは
「逆に縁起が悪い」
と言って家を出てしまったので『だるま食堂』もこの代で途絶えることになる。

主人は明るく語る。

「だるまには栄養価もまったくないし、たいしてうまいもんでもないから、
なくなったってかまやしねえ」

彼には、お客には出すことない、とっておきのものがある。
それは“だるま焼酎”。
一升瓶の中で、背丈十五センチほどの“だるま”がゆらゆらと揺れている。
あるとき、大ぶりの“だるま”を切ったら、中から出てきた“子だるま”だ。

“子だるま”は、うま味もエキスも何も出さない。
しかし瓶をいろんな方向から眺めると、普段は仏頂面の子だるまが、
ニコリと微笑んでいるように見えることがある。
噛んでも噛んでも味の出ない「だるまの一夜干し」をつまみに、
その焼酎をチビリチビリやるのが、
彼の至福のときなのです。

書き手 山田