『ねむる布団屋』

山田商店街組合は、怒りに満ちあふれていた。
矛先は布団屋の亭主。
布団屋をのぞくたびに亭主が寝ている、
というのが、その理由だった。

毎日毎日売り物であるはずの布団を敷いて、
「ウトウト」どころではなく
「グーグー」寝ているのだ。
店はガラス張りなので、通行人にも丸見え。
あれでは商店街全体がやる気がないように見えてしまう。
ワン・フォー・オール・オール・フォー・ワンを
唯一のモットーとするこの商店街組合において、
けしからん行為である。
これまでにも幾度となく注意を重ねてきたのだが、
一向に改める気配がないどころか、
寝ているので注意さえも耳に入っていない。

そこで、モットーにならい、
組合が一丸となって布団屋の説得にあたることになった。
全員が店を店員もしくは嫁にまかせ、
一日がかりで取り組む大作戦だ。

当日。
布団屋の三軒となりのクリーニング屋に、対策本部が置かれた。
十時の開店時間に合わせ、
組合の新入りである百円ショップ店長が下見に派遣された。
店から持参したオペラグラスで布団屋をのぞいたところ、
すでに店の奧に布団が敷かれ、
掛け布団が一定のリズムで動いていた、との報告であった。

明らかに寝ている。
断じてゆるすまじ! 
組合員たちは、うなずきあい、
手の平をしかと重ね合わせた。

先陣を切ったのは、
その本部を提供したクリーニング屋。
彼は温厚な男で、布団屋とは同級生である。
説得にも心を開きやすいに違いない。
まずはジャブ、というわけだ。

一時間後、クリーニング屋が対策本部に戻ってきた。
足元はフラフラ、目は半開き、
ボーッとした顔で組合員たちを見渡し
「みなさん、どうされたんですか?」
とフ抜けた声を出した。
「どうだったんだ?」と聞くと、
「あっ!」と叫び、へたりこんだ。
「忘れてた」という。
では一時間も何をしていたというのだ。
みなは当然の質問をした。
クリーニング屋は自分のとった行動をみなに語った。

布団屋のガラス戸を開け、中に入った。
室内は温度湿度ともに快適で、
優しいフローラルの香りがした。
奧の畳敷きになったところに布団が敷かれ、
亭主がグーグー寝ている。
「こんちはー」と声を出したが、起きる気配はない。
体をゆさぶっても、起きない。
「はあ」とため息をつき、枕元に腰を下ろした。
横には、なぜか布団がもう一組セッティングされていた。
眠気がうつり、あくびをひとつした。
なんとはなしに布団を触ると、とても気持ちいい。
試しに、と横になってみた。
そこから記憶がなくなり、
気づいたらねぼけまなこで自分の店に戻ってきていたというのだ。

クリーニング屋、玉砕。

つづいて、布団屋の先輩である金物屋が名乗りを上げた。
中一のとき中三、という年の差。同じ部活。
いちばん恐れる存在だったはずだ。
昨晩はよく寝たというが、
万が一のために駄菓子屋が持っていたクールミントガムを携帯し、
いざ布団屋へ。

一時間後、金物屋は戻ってきた。
小脇に新品の枕を抱えていた。
「買った」ということだった。
「買った」ということは、
「支払いをした」ということだから
「布団屋の亭主は起きた」のだ。
「そのときに説得をしたのか」と聞くと、
「していない」という。
あまりに寝心地のよい枕を手に入れたうれしさで、
すっかり忘れていたというのである。
「枕に顔をうずめた瞬間、猛烈な睡魔に襲われてしまった」と、
うっとりした瞳で語る金物屋。
たとえるならば、
四時間目プールで給食を食べたあとの五時間目歴史、とのこと。
これには全員が「ならばしかたない」と納得しかけたものの、
「せっかく起きたのに」と金物屋を一丸となって責めた。

金物屋、玉砕。
金物屋は、枕をさすりながら帰宅してしまった。

「甘くみてはいかん」と、対策が再度検討された。
「なにも一人ずつ行くことはないのでは」という意見が出され、
全員が目からウロコを落とした。
帰宅した金物屋と、
レジに突っ伏してヨダレを垂らしているクリーニング屋をのぞく、
商店街組合のメンバー総勢四十八名が、
いっせいに布団屋に突入することとなった。

喫茶店店主がいれたコーヒーをブラックで飲み、
目の下には薬屋が用意したタイガーバームを塗った。
最終手段として、文房具屋から大量のコンパスも運び込まれた。
太ももを刺すためだ。
そして眠りそうな者がいれば、先輩後輩関係なく殴ってもよい、
という誓約も交わされた。

いざ、布団屋へ。

一時間後。
四十八名は、晴れ晴れとした顔で対策本部に戻ってきた。
全員が羽毛布団一式を背負っていた。
まもなくして布団屋のシャッターは下ろされた。
売り切れたのだ。

反省会がとり行われた。

寝ていることは確かだが、
店の中はくまなく清掃されていて、
布団もふかふか、整然と並べられ、ほこりもかぶっていない。
精算のとき、半分寝てはいるけれど、金額は間違っていない。
半分寝てはいるが「ありがとうございました」という謝辞も忘れない。
組合として
「あれはいわゆる実演販売である」
という見解に落ち着いた。

「おやすみなさい」と挨拶を交わし、
午後二時、大作戦は幕を閉じた。

書き手 山田